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思い出のローカル線

Memories of railroad travel
文と写真、信沢あつし
CREATE:96/12/12(13:00 00/12/05)
Create: 02/09/01 21:51
Update: 04/10/15 11:06
バブルの終わりが近づいた頃
上田交通 1988年

長野電鉄で見た青ガエルがここにも
長野電鉄で見た青ガエルがここにも

 前年の1987年に会社を辞めた。10年間、意外なほど自分のやりたいようにやってきて、本社に戻ったのだが、本社の光景は、まるで変わっていなかった。入社間もない頃からの仲の良い先輩が上司だった。「ここにいたら、信沢君のやりたいことは出来ないよね」といってくれた。東京の時の部長も本社に戻っていて「もう少し我慢していないか・・・といってももう我慢できないよね」といった。だから、退職の話は面白いほどトントンと進んだ。
別所温泉駅
別所温泉駅
 皆が世話をしてくれて、本人が気がついたときには、会社を辞めていた。再就職先も考える暇はなかった。仕事をせずに半年ほど経つと退職金は底をついた。群馬で仕事をするのには車が必要だが次の車検代が払えない。そんな時に偶然、私の車を売って欲しいという知り合いが現れた。その代金で2年車検つきの中古車を買う。
緑ガエル(?)の車内
緑ガエル(?)の車内
今度は、ここに丸窓電車が
今度は、ここに丸窓電車が
 仕事は、会社で世話になっていたソフトハウスに飛び込んだ。バブル絶頂で、ソフトの仕事は次から次へとやってくるが、人材がいなくてさばききらない。頭数だけは揃っているが、素人集団同然だった。だから納期は延び、クレームはあり、景気の良さそうに見えるこの業界も、仕事もお金も実態はひどいものだった。
下之郷駅での交換
下之郷駅での交換
 それでも、私は仕事を得たことで、先も見えてきた。事実この後、東京のソフトハウスより良い条件の提示も受け、フリーから、小さいながら、知り合いと二人で会社を起こすこととなる。
 ちょうどそんな時期の上田交通だ。家族四人で車で別所温泉まで行く。丸窓電車がなくなったという話は聞いていたが、まさか、長野電鉄で見た青ガエルがここにも進出しているとは思わなかった。子供を楽しませようと電車に乗り、上田に行きイトーヨーカ堂の屋上で遊び、また電車で別所温泉に帰る。時には飯島商店でジャムやみすず飴を買い、生ジュースをご馳走になった。
行儀の良い(?)息子たち
行儀の良い(?)息子たち
2人兄弟だから、2両編成が良い
2人兄弟だから、2両編成が良い
 丸窓電車は、あの引き上げ線に置かれ、中は上田交通の博物館のようになっていた。隣りには「丸窓電車」という喫茶店。洒落たログハウス、中に入れば、地元の木製玩具と、大きなシルクスクリーンが数点。東京の仕事を辞めて、店を出したらしい。二度目だっただろうか「丸窓電車の写真があったら提供して欲しい」と言われ、喜んで承諾する。ベタ焼きを持って行き写真を選んで、四つ切に伸ばしてまた持って行く。
 仲良くなった頃から私の仕事は東京が中心となり、土日に休めない日が続き疎遠となる。一度だけ、会社の忘年会を別所温泉でやり、その帰りに何人かで寄ってコーヒーを飲んだが、その時に閉店するようなことを言っていたと思う。

撮影 1988年年春 長野県上田交通


上田駅で帰りの電車を待つ
上田駅で帰りの電車を待つ

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※写真は、時折アップデートしたりしています。
また、日付は、ページの作成日であり、写真撮影日とは異なります。
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