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思い出のローカル線
Memories of railroad travel
文と写真、信沢あつし
CREATE:96/12/12(13:00 00/12/05)
Create: 03/01/18 02:17
Update: 04/10/16 01:21
駒形石灰をたどる
駒形石灰近くのスタンド。遠くに鉱山の光景が
駒形石灰の現役を思わせるDLを見てから、その線路跡が気になって、葛生に出かけた。
歩いてみれば何かあるのではないか、そう思って歩く。事務所の脇から工場内へ入り、DLを確認して、どこにレールがあったのか、見渡してみる。すると事務所の脇を抜け道路に沿って未舗装の敷地が続いているのに気がついた。
事務所脇からの未舗装部分を走っていたのか
いったい、どこを走っていたのか半信半疑ながら、その未舗装のところを歩き出す。それはスタンドの前を横切り、前回着た時に親父の車をぶつけてしまった駐輪場の前を横切る。そして、水路に沿って、住宅の裏へと続いていた。しかし、その水路は最近改修されたようで、線路の跡の一部は、削り取られてしまったのだと思う。恐らく、ここを走っていたであろうと思うのだが、新しい住宅も出来、結局迂回する。
迂回した先には、怪しい未舗装路も分岐していた。工場の中からDLの引くトロッコが現れそうな光景だ。もしかすると、ここにも線路があったのではないか、辺りをうろうろする。しかし、決定的なものはない。
未舗装路に並ぶ怪しい工場
東武の貨物の引込み線
今となれば、これも懐かしい
結局、東武の引込み線から駒形石灰をたどると、枕木の残骸が残っているかのようなホームと出会った。駒形石灰はここのホームで積み替えをしていたのだろうか。ホームから見渡すと、ホッパーの跡のようなものがある。そのそばの草叢にはトロッコの残骸が逆さまに置いてあった。
このトロッコで運んでいたのだろうか、それともナベトロでホッパーに行っていたのだろうか。鉄道全盛期の残骸の全容は、夏草に覆い尽くされ、思いはつのるばかりだ。
そうだ。高いところから見たら・・・。足は鉱山へと続く急な坂道を登っていた。立ち入り禁止の看板は道路に落ちていたが、その向こうでは巨大なブルドーザーやトラックが働いていた。
ポッパー跡の草むらにはトロッコが
枕木跡のようなものの残る貨物ホーム
滑りそうな坂道を振り返って見てみると、東武の貨物列車が引込み線に入っていた。手前はやはり草生していて、良く見えなかったが、東武の線路の向こう側にもきっと何かあるに違いないと、何度も何度も遠くのほうを見渡していた。
まだまだ謎が沢山潜んでいるようで、とても楽しい時代だった。
平成52年6月撮影
東武鉄道葛生駅手前の貨物ホーム
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※写真は、時折アップデートしたりしています。
また、日付は、ページの作成日であり、写真撮影日とは異なります。
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