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思い出のローカル線

Memories of railroad travel
文と写真、信沢あつし
CREATE:96/12/12(13:00 00/12/05)
Create: 05/11/20 16:25
Update:
鉄道のチラリズム『列車の窓から』
チラリと見えた鉄道の魅力

 列車に乗っていて、そして道を歩いていて、時折チラリと鉄道が垣間見えることがある。その光景にドキリとし、この先に何か面白いものがあるのではないかと顔はほころぶ。
 そんな光景こそ記録として写真に残しておきたいものであるが、なかなか写真を撮るには至らない。画像にして脳裏に焼き付けておくのが精一杯である。
 しかし、だからこそ、想像が膨らみ、好奇心がかきたてられる。
秩父鉄道の車窓から垣間見たトロッコ。昭和50年4月2日撮影
秩父鉄道の車窓から垣間見たトロッコ。昭和50年4月2日撮影
 秩父鉄道に乗り三峰口が近づいた頃、どこかの駅の貨物ホームにトロッコのようなものがチラリと見えた。大発見である。どこかにKATO WORKSが止まっているのではないか。小さな鉱山鉄道なのだろうか。次に秩父に行ったら、真っ先にここに来なければいけない。
 電車の中で、私の思いは膨らんだ。
 立山砂防軌道に行った帰りの富山地鉄の車窓からチラリとKATOのような姿が見えた。今は何駅を通過したのだろうか。もし富山まで行ってから、ここへ戻って写真を撮る時間はあるのだろうか。富山駅前から少し歩いて路面電車を撮り始めるが、どうしても落ち着かない。あの引込線に戻ってみたい・・・そして私は再び富山地鉄に乗り込んでいた。
富山地鉄の車窓からチラリと見えたDL。昭和53年5月1日撮影
富山地鉄の車窓からチラリと見えたDL。昭和53年5月1日撮影
東洋活性白土の貨物ホーム。昭和53年撮影
東洋活性白土の貨物ホーム。昭和53年撮影
チラリとタンク車も見えたぞ! 昭和53年撮影
チラリとタンク車も見えたぞ! 昭和53年撮影
 立山砂防軌道へ向かう途中で、頸城鉄道の駅や東洋活性白土の線路が見えるはずだ。夜が明け始めた頃、私の目は夜行列車の車窓に釘付けになっていた。糸魚川、いよいよだ。客車の窓を開け準備をすると、あの貨物ホームが見えてきた。「あった!タンク車もあった」一瞬の出会いではあったが、私の興奮はなかなか冷めなかった。
 初めて只見線に乗ったときから気になっていた。会津若松から会津川口を過ぎ、しばらく行った左側に異様な建造物がある。鉱山のようであり、そこには引込線や鉱山鉄道、トロッコなどがあるのではないか。いつも帰りの列車の中からそれを探しては喜び「いつかここで下車したい」と思っていたのだが・・・。
只見線で見かけた鉱山跡。昭和49年8月撮影
只見線で見かけた鉱山跡。昭和49年8月撮影

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※写真は、時折アップデートしたりしています。
また、日付は、ページの作成日であり、写真撮影日とは異なります。
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