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思い出のローカル線

Memories of railroad travel
文と写真、信沢あつし
CREATE:96/12/12(13:00 00/12/05)
Create: 01/01/27 16:10
Update: 04/09/14 19:53
上長瀞駅
秩父鉄道

上長瀞の先の鉄橋を行く秩父鉄道の貨物列車
上長瀞の先の鉄橋を行く秩父鉄道の貨物列車

 高校を卒業した年、友人の一人が秩父鉄道に行こうと言ってきた。理由は、長瀞の宝登山を登る途中にD51とブルートレインを利用したSLホテルが出来たからだった。前橋駅7時14分発の上りで行くのだが、下り7時7分発に間に合うように集合した。その理由は、私の好きな女性が通学でその列車に乗っていたからだ。土曜日だったのであろう。
秩父鉄道長瀞を行く三重連
長瀞を行く三重連
 私も時間にルーズで、7分には間に合わなかったが、14分には余裕の時間に駅に着いた。3人で行ったのだが、一人は私以上に時間に気を使わない人間で、結局一時間以上遅れて前橋を出た。八高線に乗り換え、寄居で秩父鉄道に乗り換え、上長瀞まで行った。私は、初めから興味は無く、言われるままに着いて行った
 駅を降り、裏側に行くと、三婆石を運び出す貨物ホームがあり、草生した中に、同じサイズに切られた石が並べられていた。既にそこは使われてないようにも見えたが、数両の貨車が引込み線に留置されていた。
 鉄橋に近づくと列車がきた。機関車の三重連の回送だった。慌てて写真を撮る。2両はパンタを上げていなかったので、古い機関車を回送しているのだという話になった。
鉄橋を渡る秩父鉄道の電車
鉄橋を渡る電車
三波石を敷き詰めたような川原
三波石を敷き詰めたような川原
 私は小さい頃に何度か長瀞に来て、ロウ石を拾い集め、めだかを捕って遊んだのだが、川に下りると既にそんな景色は無くなっていた。川原の端にはごみが散らかり、観光客のために歩きやすいように土で固められ、ここは私の知っている長瀞ではない。そんな気持ちになったのを思い出す。
 SLホテルは、思っていた通り、くだらない何の魅力もないものであった。鉄道100年からはじまったSLやブルートレインのブームも間違った方向に行ってしまっていた。

昭和52年5月撮影


こんな3人でした
こんな3人でした

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※写真は、時折アップデートしたりしています。
また、日付は、ページの作成日であり、写真撮影日とは異なります。
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