
長瀞の川原で「ロウ石」を探して拾った
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「長瀞よりも上長瀞のほうが便利なんだよね」などという両親の会話を聞いた覚えもある。きっと駅を降りるとしばらく歩き、ヘルスセンターのような大広間のある店に入ったのだと思う。
そこを出て、土産物屋や食堂が並ぶ中を川原に下りる。今よりはもっと自然な川原で、下りる場所も探しながら、三波石づたいに歩いたと思う。石に空いた穴に水がたまり、めだかなどが泳いでいた。お兄さんたちは大きな石によじ登り、自慢そうにしている光景も目に付いた。
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秩父鉄道上長瀞の鉄橋
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石はタテに裂けるように割れて川原に転がっていた。この中にはロウ石があった。土産物屋には綺麗に四角く切られたものが売っていたが、子供の私はここでロウ石を探すのが楽しみになった。
川原で遊んで、景色を眺めながらずいぶんと歩いたようだった。両親は何かを探しているようだったが、子供の私は理解できなかった。道路に出てしばらくすると道路沿いに小さな駅があった。「ずいぶんと簡単な駅だ」と子供ながらに思った。ホームに上ると辺りは暗くなっており、ホームと待合室のオレンジ色の明かりが印象に残っている。寂しく寒々しくて「早く家に帰りたい」と思いながらも、父親に抱かれて、暖かい電車にのると、ほっとして、私は眠りについたようだ。
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大きな石に登るのに憧れた
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秩父鉄道の長瀞駅だと思う
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何度も長瀞には行ったが、ジオラマのようなゆるい左カーブを行く度に「ここで暗い中で電車に乗ったのだ」と思い出す。時には、あの時の光景の中にもう一度行ってみたいとも思う。
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※写真は昭和50年から52年に撮影したもので、本文の時のものではありません。
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