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思い出のローカル線

Memories of railroad travel
文と写真、信沢あつし
CREATE:96/12/12(13:00 00/12/05)
Create: 02/04/24 00:22
Update: 04/09/15 15:55
四万はいつも雨だった
群馬県四万温泉

四万温泉田村旅館脇の「よろづ屋商店」
四万温泉田村旅館脇の「よろづ屋商店」

 よく雨が降っていた。母親に連れられて歩く四万は、温泉の臭いがたちこめていた。田村旅館から坂を下って来た橋の下では、川の流れる音も大きくなった。橋から下を覗くと、生簀になっていた。鯉が折り重なるようになっているときもあれば、気持ちよさそうに、流れに逆らいゆったりと泳いでいるときもあった。
積善館から田村旅館方向を望む
積善館から田村旅館方向を望む
 橋を渡った先は、土産物屋が続く。その一件一件を凝視して歩くのが、私の楽しみだった。生れたときからのクルマ好きだから、特にクルマのおもちゃには注意した。しかし、なぜかいつもの買うのは、竹で出来たヘビか、木で出来た鉄砲だった。紐付きのコルクの玉が「ポン」と飛び出すやつである。ヘビは、出来不出来があった。クネクネとスムーズに動くものか、少し上に反っていて操るのが難しいものが良かった。
 母親は、朝必ず坂の途中の牛乳屋に行った。天気が良ければ、表のベンチで日向ぼっこをしながら飲んだ。帰りは、裏の細い路地を歩くことも多かった。坂を登りきったところ、牛乳屋のすぐ上には一件だけ、ちょうど田村旅館のお客様専用といった感じで土産物屋があった。日用品なども売っていたのだと思うが、母親はなぜかそこを避けるように歩いた。「もう、これ以上おもちゃもジュースも駄目だよ」と言っているようだった。
坂の途中から見下ろした積善館
坂の途中から見下ろした積善館
毎朝、母はここで牛乳を買って飲んだ
毎朝、母はここで牛乳を買って飲んだ
 きっと祖母は、梅雨時になると身体がだるくて、痛かったのだろう。それでその頃毎年、四万で湯治して、そのうちの何日かを母と私も行っていたのだろう。だから部屋は自炊部。大きな旅館はどこまでも山を這うように建っていて、渡り廊下や、階段が沢山あり、雨の強い日などは一日中、旅館を探検して楽しんだ。よく迷ってしまったが、泊まっている子供は少ないから、不安な顔をしていれば「坊やか」と、誰かが道を教えてくれた。だから、祖母と母が世話になっていたアンマさんの子供は、私のことを「坊やちゃん」と呼んでいた。
撮影 平成12年4月 群馬県四万温泉
田村旅館の敷地の隅にある商店
田村旅館の敷地の隅にある商店
積善館の渡り廊下。ここを渡るのが好きだった
積善館の渡り廊下。ここを渡るのが好きだった

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※写真は、時折アップデートしたりしています。
また、日付は、ページの作成日であり、写真撮影日とは異なります。
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