川沿いに並ぶ旅館は、渡り廊下で結ばれ、山に沿うように段々になっている。渡り廊下や、段々になった旅館の中を探検するのが好きだった。自炊部に行けば共同の炊事場があり、たくさんのコンロや流し、その下にはたくさんのおなべが積み重ねてあった。外から部屋を見れば、窓には手ぬぐいが干され、所々でお風呂上りで涼んでいるのであろう人の姿が、見え隠れした。
道を歩きながら、川の向こう側の山にへばり付くように上の方まで建っている自炊部の光景は、迷路のようでもあり、それを目で辿っていくのも子供の頃の楽しみだった。
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旅館の窓には手ぬぐいが干されている
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旅館の下駄と、無造作に置かれたスリッパ
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最後に行ってから、10年以上経ったであろう。温泉街の入口には大きなホテルも出来、観光バスでやって来る人も増えてはいたが、まだまだ、幼い頃の風景は残っていた。
この渡り廊下、この川原で良く遊んだものだ。川にはイケスがあったのだと思う。時折、旅館の人が来て、網で大きな鯉をすくっていく。大きな鯉がバシャバシャと勢い良く暴れる姿に驚いたものだ。
下駄が面白くて、履いて出てはみたものの、そのうちに足の親指と人差し指の間が、擦れてヒリヒリと痛くなり、早々に旅館に引き返したこともあった。
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この川原で、良く遊んだものだ
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何度か泊まった積善館。その縁側にはおばあさんが荷物を脇に置いて座っていた。正にそこから私も旅館に出入りしていた。一階の左の部屋にアンマさんがいて、母親が良くお灸をしてもらっていた。「坊やもやってみるか」と言われると私は外に遊びに行っていたように思う。
山口館に小さな温泉プールが出来たのが帰りのバスの中から見えた。今度来るときは、ここに泊まりたいと思っていると、当時の流行だったのだろうか、積善館の辺りにも小さな温泉プールが出来たように覚えている。
土産物屋の間を歩き写真を撮る。並んでいるおもちゃもずいぶんと様変わりしているが、山に詰まれた光景は、宝の山のようである。
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積善館の縁側におばあちゃんが。
幼い頃、私が良く出入りした場所だ
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「射的・スマートボール」と看板を掲げる店
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「射的」「スマートボール」の文字。父親は仕事があるので、帰る日の前日などに、迎いを兼ねて泊まりに来る。そんな父親のひざの上に座らされ、スマートボールをしたことを思い出す。私はガチャガチャとガラスの上を転がる白いビー球が欲しかった。
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土産屋や旅館が並んだ裏手に公園があったのを思い出した。まだ小さくてブランコにお尻が届かず、母親が座らせてくれ、こいでくれた。
それを思い出し、小さな路地に入っていく。小さなお寺があり、昔の記憶が蘇る。確か、この辺りにあったはずだと歩いていくと、子供の頃と全く変わらぬ姿で、ブランコがあった。
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楽しそうに女の子が歩く道。
幼い頃の私が良く歩いた道だ。
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幼い頃の記憶を辿るように細い路地に入り、小さなお寺の前を抜けると、良く遊んだ公園があった。
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幼い頃の思い出の地は、何度行っても嬉しいものだ。たとえ少々変わっていても、当時のことを思い出させてくれる。
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